まるであなたの身体の一部のように。
ぴたりと付いて離れない。
あの球体が、憎らしい。
初春とは思えないような暑さの中、彼と私はベンチに腰掛けていた。
左肩に掛けるようにして持っている日傘の内側はぬるい空気が籠もっている。
長年風雨にさらされ続けて、ろくに手入れもされていないらしいアルミのベンチも熱かった。
きっと私と彼との間を澄まして陣取っている茶色の球体も、いまこうしている間に表面温度を上昇させているだろう。
「夏みてーだな」
ばしゃりとペットボトルの中身を踊らせながら、彼は私を見ずにそう言った。
彼の視線は陽炎を超えた先のバックボードとバスケットに向けられていた。
「今日、最高気温27度って天気予報で言ってたものね」
「マジかよ」
タオルを首に掛けた彼は盛大に溜息をついた。
『でも続けるんでしょう?』
そう思ったけれど、分かり切ったことだったから、言わないでおいた。
右隣のそれを触ると、やはり熱を持ち始めていた。
7号サイズで彼の汗を吸って少し湿ったその感触は、まるで。
「・・・西瓜みたい」
ぽろりと口から零れてしまった。
そして真二つに割ってみたいと、密かに思った。
「あんな野菜か果物か分かんねーモンと一緒にするな」
と不機嫌な視線を向けられ、私の手からそれを奪うと、しっかりとそれを小脇に抱えてしまった。
好奇の目から避けようとしたのか。
それともこの胸に潜む狂気に気付かれてしまったのか。
何にせよ、今日このコートに入ってから、彼が私の目を見て話したのは、これが3回目くらいかも知れない方が気になった。
そのあと彼は1リットルのスポーツドリンクを半分空にして、無言でコートに戻っていった。
あの大きな掌になじんだ天然皮革と焼け付くアスファルトがリズムを生み出す。
見えない相手と戦う彼の意識が向かう先に、私はいない。
あまり「綺麗だ」と評されることのない、彼独自のフォームで、ボールが放たれる。
バックボードに跳ね返り巧い具合にリングを潜って落下してきた。
重力に従って落ちるそれは、彼が手を伸ばせば、まるで磁石でもくっついているみたいにその右掌に吸い付いた。
『あなた以外のところに行くはず無いでしょ』、と幻聴が聞こえてもおかしくないくらい。
無生物が意志を持っているかのように、彼の掌に、抱かれた。
きっと彼が望んだからだった。
戻ってこいと、念じたから。
だから、その掌に帰ったのだ。
悔しくて、涙が出そう。
夢を追う、その瞳が欲しいだなんて無茶は言わないから。
ねぇ、お願い。
少しでいいから。
01 それを頂戴
・・・私の居場所を、残しておいてね?
AIUEOdaiさま(http://hisame.oops.jp/a-z/)より 50題[赤]
- アトガキ
慣れない(例のフレーズ降りてくる方式ではない)書き方したせいか小一時間も掛かりました。
しかも初の(ていうか片道って1つしか書いてないけど)麻里ちゃん視点でした。
相変わらず私の書く人間は狂気じみていますね。
そして内容はぐだぐだです。(これはいつも通りです)
ここのお題が大好きです。
すごくステキなフレーズを書かれていて憧れます。
中でもお気に入りで、ずっと片道でやりたいと思っているのが「可愛いあの子を抱くまでの6ステップ」のセットです。
いつか片道で制覇したいと去年の秋くらいかずっと思い続けて早半年ほど経ってしまいました。
お題を拝見するだけでも楽しいのでぜひ足を運ばれてみて下さい^^