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夜逃げ街道まっしぐら。
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アスファルトが焼けて立ち昇っているはずの陽炎も、忙しなく歩く人々に踏み潰され見る影もない。




バスケが日課のオレは暑さに多少は慣れているものの、
やはり照り付ける陽射しは痛かった。

新陳代謝のよさも手伝って、首筋を玉の汗が伝う。

じりじりと音を立て始めた。

焼け付くアスファルトでも、並木にへばりついた蝉でもない。

オレ自身が、だ。




………決まったか………?」




返ってくる答えに想像はついているけれども、聞かずにはいられない。




「ご、ごめんね?もうちょっと...」




いつものことだ。

彼女と付き合うためにオレに必要とされるもの。




それは、忍耐である。













環状な感情の勘定















昨夜のテレビでキャスターが笑顔を貼り付けて棒読みしていた。




「台風10号の九州上陸に伴い、明日の関東地方はフェーン現象により蒸し暑い一日となるでしょう」




予報通り、街中の空気はべたりと湿っている。

それに加えてこの陽射し、この人混み、この排気熱。


キツイ。

とっとと店内に入りたい。

レジ、調度空いてんじゃねーか。

早くしてくれ。


そう喉元まで来ているのをぐっと呑み込む。

左手前にいる彼女を見やると、腰を屈めた態勢で未だにメニューを凝視していた。

それを見下ろす形を取っているオレは、そんな彼女の真白い項を凝視することにした。

いつ見ても噛み付きたくなるような、白さと細さ。

今日は暑いせいか邪魔物が結い上げられているため、存分に拝める。

夏の暑さ万歳。

フェーン現象万歳。

健全な青少年にとって、ありがたいようでそうでもないこの季節。

でも今はとりあえず前者が強い。


今晩のオカズ、有難く頂戴いたします。


と、しっかりそれを瞳に焼き付けたところで、彼女が上体を起こして振り向いた。




「決まったか?」




平静を装って先ほどと同じ文句。

今度も答えは分かっている。




「うん。待たせちゃってごめんね」




それには何も答えずに。

ガラス戸の向こうを目指して足を進めた。
 
5センチもないだろうガラス一枚で外界と隔てられた店内は、甘い匂いが立ち込め、むしろ肌寒いくらいに冷却されていた。

2つのレジはどちらも塞がっていて、片方にふたりで並ぶ。

なんともなしにレジ付近に目を遣ると、とにかくアイスカフェオレが売り出し中と言うことが窺えた。

おかわり自由らしい。

コーヒーは好きじゃないが、今はとにかく冷たい物を飲みたい。

どうぞ、と店員に促され、空いたレジに移動。

オレは焼きカリーパンとチキンからあげパイ、そしてまんまと店の戦略に填まってアイスカフェオレを、

彼女はメープルマフィンと氷いちごを注文した。

あれだけ迷ったにも関わらず、やはり毎度お馴染みの彼女のオーダー。

とにもかくにも支払を済ませトレーを受け取り、空いていた角の席に座る。

こういうとき壁側に座るのはいつも彼女だ。

バスケ界では決して高くないこの身長は、しかし世間一般では高い方に入るらしく、

基本的にどの店でもテーブルと備え付けの椅子との間に足を入れるのは少々苦しい。

そのため椅子を引いて斜めに座ることが多く、それをし易い方にオレが座るのが暗黙のルールになっていた。

席について、それぞれの取り分を並べ替えた。

何より先にカフェオレに口を付けたオレに、彼女はねぇ、と声をかけてきた。




「カード、貸して?」




あぁ、あれか、と財布を引っ張り出して、先ほど突っ込んだばかりのカードを3枚取り出した。

毎回食べるより先に彼女はスクラッチをしたがった。

ついでに10円玉を一枚渡してやると、ありがとうと小さく礼を言って細い指で銀を削り始めた。

彼女は端から端まで銀を残さず綺麗に削る。

彼女が小さくあぁ、と言った。

どうやら一枚目はハズレらしい。

その間に1杯目のカフェオレを飲み干し、店員に代わりを頼んだ。

彼女はふと視線を上げると、カードを一枚よこして「武来くんもして」と言うので、

めんどくせえといいながら、受け取った。

深爪になっている指先を使って、真ん中辺りを軽く削った。

ブルーがチラリと見えた。

ハズレか。




「ハズレちゃった」




と少しも残念がる様子もなく彼女が呟いたのが聞こえた。

最初から期待などしていないのだ。




「当たったら、何がもらえるんだ?」




今はそのカードの写真のグッズだよ、カレーのお皿、欲しいなぁ、と彼女はのんびり言った。




・・・欲しいか?




その疑問を残しつつ、文字のところだけ削り終えたカードを彼女にやった。




「すご-い...あたりだぁ」




興奮した様子の彼女が瞳を輝かせながら言った。

ブルーはハズレの色だ、という気がしていたのに、あたりという文字が出てきたのが奇妙だった。

自分の感覚では赤があたりの色だった。




「くれるの?」




分かりきったことでも彼女は二重三重に確認するのが常だった。




「オレがそんなの使うと思うか?」




普通の皿だって滅多に使わねーのに。




「ありがとう」




彼女は、笑った。




「べつに」




照れ隠しにチキンからあげパイを頬張る。

店員がおまたせしましたとカフェオレを持ってきた。

カフェオレが売り出し中でよかった。

普段ならコカ・コーラ辺りを注文していたはずだ。





甘い気分をほろ苦いカフェオレで流し込んだ。















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